◆ 黒いカメラ


     カメラは時代の最先端を行く高度な技術製品であり、ある意味装飾品である。それを最初に体現したのがコンタックスIIだった、と今となっては云うことができる(本当は2眼のコンタフレックスなんだけれど)。というのもそれまでカメラと云えばハンドカメラかフォールディングカメラの四角くて黒くて今見たら爆弾かと間違えられそうなシロモノなのが相場であって、ライカもコンタックスIもやっぱり黒くて四角い──いや四角いのはコンタックスだけだ──カメラだった。

     それが1936年のコンタックスIIではクロームメッキの高級感とアールデコの洗練されたデザインとが前面に打ち出されて、変な話だがカメラとは写真を撮るだけのモノではなく、所有して見せびらかすためのモノでもあることを主張したのだ。これがツァイスの(というか筆者の)勝手な思いこみでなかったことは、その後のカメラがことごとくクロームメッキの美しい──あるいは派手派手しい装いとなった事実が証ししている。それから40年、カメラと云えばとにかくヒカリモノであり、ブラックペイントなんてものは特殊なユーザー(軍とか報道関係者とか)向けにしか供給されなかった。考えてみればロバート・キャパはギンギラギンのクロームコンタックスを抱えてオマハビーチに乗り込んだのだったし、いざとなれば戦闘要員に早変わりするドイツのPK隊員ですらクロームのライカを携行していた。これじゃちょっと危険だよな、と思って紙テープやら特注するやらでブラックアウトするのが一般的になったのはベトナム戦争からだろう。

     黒いカメラが復活するのは1970年代からだ。つまりボディにプラスチックが多く使われるようになってからで、遮光性のことを考えるとそれまでは全金属製だったから表面が銀だろうが金だろうが関係ないが、プラスチックとなると肉厚も影響するけど白いよりは黒いほうが良いに決まっている。初期のプラスチックカメラ、イコネッテ(1958年頃)がメーカー回収されたのはそれとは別のところに問題があったのだが、あれは薄灰色のボディだった。今でもレンズ付きフィルムのケースはまず黒だ。

     でもじきにボディの上っ面にカバーやペイントを施すようになって、大衆路線のカメラは銀色どころか色とりどりの華やかな世界となり、黒いカメラはステイタスとか見栄とかの関係ない(はずの)プロ仕様となってしまった。確かに今でもカメラ売り場に行けば黒いカメラが並ぶ一角を目にすることができる。でもそこはほとんどが高級一眼レフか中判カメラの売り場で、その周りにいるのは見映えのしない恰好のハイアマチュアかプロユーザーばかりだ。半世紀前とは世情が異なるとしても、カメラを持つ愉しみをただ享受しようとする一般人が群れ集うのは、きらきらしく光り輝くカメラの並ぶところ、つまりデジタルカメラ売り場なのだ。

     そう、ここで冒頭の言葉を思い出して欲しい。カメラは時代の最先端を行く高度な技術製品であり、ある意味装飾品なのだということを。なればこそ、最新の(プロ仕様でない)デジカメは黒いカタマリなんかではなく、ヒカリモノでなければならないのだ。



     1934年頃の高級カメラと云えばこの2台、コンタックスIとライカDIII。いずれもブラックペイントにニッケルメッキの良く云えば精悍な、普通に見れば野暮ったい姿をしている。レンズは互角のテッサー3,5/5cmとエルマー3,5/5cm。構成だけ見れば違うのは絞りの位置だけだ。どちらも大変良く写る。


     このサイトでベタ褒めしているコンタックスII。すべての距離計連動カメラの原点(暴言?)。レンズはボディよりも高価なゾナー1,5/5cm。最近どちらも中古価格が高騰しているのは喜ぶべきことか悲しむべきことか。


     特殊仕様のコンタレックス・スーパー前期型。特殊仕様と云っても黒いだけだ(ほかに内部機構が少し違うかも)。それとシャッターダイヤルが持ち上げなくても回ることくらいか。レンズは比類なきプラナー1,4/55。ボディが使いにくいからと云ってこのレンズを使わないのは勿体ない(何が?)。


    こーゆーことは普通の人はやってはいけない。もちろん後塗りのコンタックスII。これがホントのクロコン。焼き付けしてないのですぐに剥がれるだろう。レンズはメノプタ1,8/53、ロシア製。たぶんヘリオス103のリファイン版。



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    Text and Photo : (C)2004 Takanashi Yoshitane.
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