◆ Sonnar 85mm/F2 T


    F2 1/10, Sonnar 85mm/F2 T+Contax II,
    Neopan100 PREST, 02/1999
     ゾナー8,5cm/F2は、今更断るまでもなく、ライツのエルマー9cm/F4と並ぶ、古典的なポートレイトレンズの代表格である。その明るさに関して云えば、これが発表された1933年当時で、ポートレイトゾナーまたは舞台撮影用ゾナーに匹敵する性能を有ったレンズは、他になかった。
     電算機など未だ実用レベルでなく、すべてが手計算と試行錯誤の繰り返しであった戦前(それだからゾナー1,5/50の開発に、3.200頁厚さ3フィートもの計算を要したことが、そのまま宣伝材料ともなり得たのだ)、大口径と高画質とは決して相反するものではないにしろ、両立させるのは相当に困難だという認識があった。それだけにゾナー8,5cmが与えた衝撃は大きく、果たしてその大口径で実用に足るだけの画質が得られるのか否か、さしものライツでなくとも、十分に気になるところであったろう。もっとも、その結果を直に確かめてみることのできた幸運な人間は、そう多くはなかった。それ1本でI型ボディ1台の価格に匹敵したゾナー1,5/50の法外な値段よりも、更に1割も高かったからである。
     ポートレイトゾナーの最も得意とされた絞り開放付近、距離0,9mから1,2mの至近撮影の描写は、確かに優れたものであった。ただし、それは厳格にピントが押さえられていればの話であって、85mmという中望遠で撮影距離1m内外、しかもF2の絞り値ともなれば、その被写界深度は限りなく浅い。距離連動がよほど正確でない限り、満足な結果を得るためには、置きピンか巻き尺計測で沢山の駒を撮り溜めるほかになかったものと思われる。
     皮肉なことに、最大の問題は、ボディ本体距離計との連動精度にあった。個々のレンズに対してではなく、レンズマウントの回転角に対してのみプリズムの旋回角度が規制されていた機構上、標準レンズに合わせて設計されたマウントの回転角度と、必要なだけ繰り出しを行った際の鏡胴の回転角度との、微妙な誤差を補正することは非常に困難(あるいは不可能)であった筈で、特に無限遠と最短距離の2点で調整された場合、中距離での開放撮影の結果は、偶然と勘とに左右される傾向にある。まして製造後半世紀余りを経た今日、この名玉を使おうとするには、それなりの覚悟が要る。それでもピンが来たときの、近年のヤシカ/コンタックスのゾナーに比べて、コントラストの無闇に高くない情感溢れる写りは、F2の大口径が単なるこけ威しのものではなかったことを、実感させてくれる。
     距離計連動式コンタックスのゾナー2/85には、極めてふつうの写真愛好家から見れば、主に2つの種類が存在する(*追補1も参照)。戦前のイエナ製と、戦後のオーバーコッヘン製とである。戦後の型を、Zeiss-Opton銘とCarlZeiss銘との2つに分けて、合計3種類と考える向きもあろうが、その場合、既に泥沼への第一歩を踏み出している。まして鏡胴の形状、カラーリングを考慮すれば、その種類は限りなく増殖してゆくこととなるが、それはコレクターという人種以外にとっては、関知するところではもはやない。ただし、その外観、ボディとの調和を顧慮するのであれば、ブラックコンタックスには初期の黒鏡胴ニッケル仕上げが、クロームコンタックスには段差の多い1936年以降のクローム仕上げが、選択されるべきであろう。黒鏡胴については、それほど数がないという関門が存在するが、幸いにして、あの日焼けして焦げ茶色になっていることの多いコンタックスI型と、それに装着されたクローム鏡胴のレンズとが見せる色合いの妙は、少なくともII型に黒鏡胴のレンズという組み合わせよりも、格段に優れて魅力的である(*追補2も参照)。
     一方また、戦後ののっぺりとした鏡胴を有つゾナーに関して云えば、不幸にして枯れ木のような被写界深度目盛りの不格好な黒線が、鏡胴の揃って前方へ向かう均一な情熱と、大きな前面レンズの見せる奈落の魅惑とを、見事なまでに減殺する。これはむしろ、醜悪というに相応しく、かつてのソ連邦であれば、間違いなく形式主義の廉でシベリア送りになっていたはずである。もっとも、光学的に見れば戦前のそれよりも、戦後の型のほうが優れている。東独イエナ製を除く戦後のゾナーは、再設計を施されて後群が3枚張り合わせ(戦前は2枚)となっており、総合的な画質ともども改善されている。それゆえ、カラー撮影には、コーティングが施されている戦後の玉のほうが向いていると云えるだろう。なお、この欠点は、黒白の場合余り目立たないようである。

    追補1:最近の斯界の研究者によると、イエナ製ゾナー2/8,5cmの構成は戦時中に大きな変更が加えられ、後群の貼り合わせダブレットがトリプレットになったと思しい。西独ツァイスによってトリプレット化されたというのが従来の見方だったが、そうだとすると戦前のゾナーのコピーと云われるKMZ製ユピテル-9の後群がトリプレットである説明がつかない。よもやオーバーコッヘンの設計を盗んできたとは考えられないからだ。実際270万台のイエナ製ゾナー2/8,5cmはトリプレットの後群をもつ(機材コーナーのゾナー2/8,5cmを参照)。
    追補2:最近、ブラックコンタックス(コンタックスI型)とクロームコンタックス(II型およびIII型)では、レンズマウントの回転角が異なることが判明している。ここから標準レンズ(5cm)の基準焦点距離に変更があったものと推定されるが、さしあたって問題になるのは厳密な精度を求める部分において黒鏡胴のコンタックスレンズとクローム鏡胴のそれとに互換性はないということだ。もうひとつ興味深い発見は、ニコンSシリーズの回転角とコンタックスI型の回転角が等しいということである。これはつまり、ブラックコンタックス用のレンズがニコンSで使えるということである。日本光学はブラコンをベースにニコンS(の距離計連動システム)を開発したのだろうか?


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    Text and Photo : (C)1999-2003 Takanashi Yoshitane.
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